そういえばさ、と声が重なった。

 ほんのちょっと間を置いて、目を見合わせる。

 くすくす笑い合ったのちに、私は「お先にどうぞ?」と言う。

「それじゃあ、遠慮なく。って言っても他愛もない話なんだけど」

「うん。私のもそうだから安心してよ」

「んーと。まぁ、あれだ。もうクリスマスだなぁ、って」

「え」

「?」

「いや、その、私もその話、しようと思ってたから」

「以心伝心だ」

「離れてる気がしない?」

「目を瞑っていても表情がわかるかもな」

 いつもどおりの、ばかみたいな軽口。

 一息吐いて「もうクリスマスなんだね」と返した。


2 :◆TOYOUsnVr. :2018/12/24(月) 18:33:18.97 :EXqurGBL0


 爪先で床を蹴って、椅子をくるりと回転させる。

 少し軋んだ音を立てながら回る椅子に乗って、再び「クリスマスかぁ」と呟く。

「暇そうだな」

「うん。プロデューサーもね」

「俺は暇じゃないけど、暇のふりをしてる」

「なにそれ」

「休憩ってこと」

「サボりでしょ」

「そうとも言うな」

「ちひろさん来たらまた怒られるよ」

「大丈夫。さっき怒られた」

「ぜんぜん大丈夫じゃないよね、それ」

「いらん仕事まで渡された。暇なら手伝っていただけますか、って」

「あーあ」

「まぁそれはいいとして」

「いいんだ」

「クリスマスだよな、って話だよ」

「ああ、うん。忘れてた」

「今年は凛がぶーぶー言うからオフにしただろ?」

「ぶーぶー言ってないでしょ」

「言ったじゃん。どうせ今年も忙しいんだろうけど、って」

「それは、だって、……そう思ったし。まさかオフにできるなんて思ってもなかったから」

「あ、責めてるわけじゃなくてな。オフにしたじゃん? って話でさ」

「うん」

「もう予定とか入れてるのかな、と」

「あー」

 なんとなく、意図が読めた。

 だから、私はわざと「そういうこと?」と言う。


3 :◆TOYOUsnVr. :2018/12/24(月) 18:34:09.73 :EXqurGBL0


「そういうこと。それで?」

 プロデューサーから、少しだけいつもよりも緊張のようなものを感じられるのは面白い。

 ここは、ちょっとからかってやろう。

 そう思って「話はちょっとずれるんだけどさ」と口角を上げる。

「私の家、花屋でしょ?」

「え? ああ、そうだな」

「花屋ってこれくらいの時期から年始まで大忙しでさ」

「ああ、正月花とか?」

「そうそう。あと、贈り物用だよね。ほら、クリスマスの」

「あー、そりゃそうだよなぁ」

 目に見えて、プロデューサーの表情から落胆が窺える。

 意図的に早とちりさせたことに、ほんのちょっぴり罪悪感がわいた。

 でも、あと一押しだけ。

 なんていう、悪戯心でさらにアクセルを踏んだ。

「例えば、花束」

「うん」

「あんまり忙しくないときなら、注文を受けて、数十分後にお渡しする、なんてこともできるんだけどさ」

「あー。クリスマスなんかは常に注文入ってるよな」

「そうそう」

 さて、そろそろ、ネタばらしの時間だ。

 再び口角を上げて「だからね」と言う。

「お花、欲しいなら早めに予約しておかないと、だめだよ?」


4 :◆TOYOUsnVr. :2018/12/24(月) 18:35:04.32 :EXqurGBL0


 プロデューサーは一瞬、目が点になって、それから「なるほど……」と言った。

 言葉を待っていると、彼はごほんとわざとらしい咳払いをし、椅子から立ち上がる。

 ジャケットの襟を正して、大仰に片手を広げ、もう一方は私の前へと差し出される。

「もしよろしければ、一番綺麗なお花をいただきたいのですが。もちろん、クリスマスイブに」

「やっぱりプロデューサーってさ、ばかだよね」

「えっ、凛がまわりくどい言い方するから、ノってあげたのに? そんな返しある?」

「そこまでして、とは言ってないんだけど」

「で、お花屋さん? お返事は?」

「じゃあ、うん。確かに承りました」

「夕方頃に受け取りに参ります」

「はいはい。もうこのノリよくないかな」

「始めたの凛なのに?」

「だってほら、ちひろさん、さっきからすごいこっち見てるよ?」

「……仕事するかぁ」

「うん。そうしたほうがいいと思う」

 椅子から降りて、腰に手を当てる。

 んー、と伸びをしてから「それじゃあ、またね」と手を振った。


5 :◆TOYOUsnVr. :2018/12/24(月) 18:35:58.12 :EXqurGBL0

◆ ◇ ◆ ◇

 それから、毎日を忙しく過ごしているうちに、あっという間にクリスマスイブの日がやってきた。

 自室の時計を見やる。

 そろそろ準備をしなくては。

 ハナコに「ごめんね」と謝り、一旦リビングに降りてもらって、クローゼットのドレスを自室で広げた。

 姿見の前で、これにしようか、やっぱりこっちがいいかな、などととっかえひっかえを繰り返す。

 やっと決まったあとはドレッサーの前に座って、またしてもネックレスとピアスを選ぶのに時間を要した。


6 :◆TOYOUsnVr. :2018/12/24(月) 18:36:34.07 :EXqurGBL0


 そうして、髪を巻き終えたくらいに、携帯電話にプロデューサーからメッセージが届いた。

『あと十分くらいで着くよ』

 簡単に『了解』とだけ打って、送信する。

 姿見の前でくるくると回り不備がないか確認を重ね、最後に首筋に香水を一吹きした。

 これで大丈夫。

 たぶん。


7 :◆TOYOUsnVr. :2018/12/24(月) 18:37:24.09 :EXqurGBL0


 そろそろかな、と家の前に出ると、丁度プロデューサーの車が目の前に停まった。

 ヒールを鳴らし、助手席の方に寄る。

 ドアのロックが解除された音がして、間髪入れずに私はドアを開き、滑り込むようにして乗り込んだ。

「おまたせ。ドレス着てきたんだ」

「うん。あ、でもそう言うってことはドレスコードないとこなんだ」

「今日はちょっと趣向を変えてみようと思って」

「そっか。期待しとく」

「言えばよかった。ごめん」

「ううん。大丈夫……ドレス着てたら浮くとかないよね」

「ないない。そこは安心して」

「なら大丈夫」

「それに」

「?」

「大変眼福でございます」

「……そっか」

「照れてる?」

「照れてないよ」

「本当に似合ってる。かわいいよ」

「はいはい。ほら、前見て出発しなって」

 プロデューサーは口先を尖らせて「本気で言ってるんだけど」と呟いてから車を走らせる。

 私もその真似をして「わかってるってば」と小声で言って、窓の外へと視線を逸らした。


8 :◆TOYOUsnVr. :2018/12/24(月) 18:38:36.27 :EXqurGBL0


 しばらくして、連れて行かれたのは小さなバーのようなお店だった。

 そして、どうもお店の明かりは、点いていなさそうだ。 

「……やってないみたいだけど」

「そう。今日はね。無理を言って閉めてもらったんだ」

 言って、プロデューサーはポケットから見覚えのない鍵を出す。

 それをお店のドアにさして、がちゃりと回した。

「さ、入って」

「うん」

 誘われるままに、ドアのなかへと踏み出す。

 私のあとにプロデューサーも入ってきたようで、背後でばたんと音が響いた。

「まっくらだね」

「ああ。目、閉じて」

 よくわからなかったけれど、言われたとおりに目を閉じる。

 明かりをつけたのだろうか、ぱちんと音がした。

 そのあとで、手を引かれて真っ直ぐにお店の中を歩いていく。

 さらに数歩ののちに手を離され「ストップ」と声がかかる。

「よし、いいよ」

 いつの間に後ろにまわったのか、背中の方からプロデューサーの声が聞こえた。

 言うとおりにして目を開けると、そこにはちょっとした飾り付けがなされた店内と、机の上に並べられた色とりどりの料理があった。

「メリークリスマス! なんちゃって」

 張り上げられた声に驚きながら振り返る。

 どこから出したのか赤いサンタ帽をかぶったプロデューサーがいた。

「なにそれ」

「何年か前のクリスマスのお仕事で凛がかぶってたやつ」

「ちょっと」

「びっくりした?」

「まぁ、うん、かなり。すごいね、これ」

「でしょ? 朝から頑張った」

「料理もプロデューサーが?」

「そこまでは手が回んなかったから、ここ貸してくれた人にさ、お願いしていろいろと」

「……二人でこの量、食べ切れるかな」

「頑張ろうな」

「死んじゃいそうだよね」

「死ぬときは一緒だ」

「このシチュエーションだとそれ、全然感動的じゃない」


9 :◆TOYOUsnVr. :2018/12/24(月) 18:39:10.01 :EXqurGBL0


 小さなお店でも二人で過ごすには広すぎるくらいで、ものすごく贅沢をしているような気がする。

 立食のパーティだとか、芸能人が集まる懇親会だとかに参加したことはあるけれど、二人だけのビュッフェパーティなんて初めてだ。

 目の前でお皿を並べているプロデューサーの顔を眺めていると、なぜか笑みがこぼれた。

「? どうしたの」

「ああ、なんかさ。楽しいな、って」

「喜んでもらえてよかった。気に入らなかったらどうしようかと」

「気に入らないわけないでしょ、もう。ここまでしてもらってさ。まぁ、ドレスは無駄だったけど」

「それはホントごめん」

「冗談だって。それに」

「それに?」

「今日みたいなクリスマス、好きだよ」

「ゆっくり二人だけで、って案外難しいもんな」

「うん。だから、遅くなったけど、ありがとね」

「こちらこそ。お忙しい時期に注文を聞いていただきまして」

「またそれやるの?」

「最高に素敵なお花をありがとうございます」

 はぁ、と息を吐く。

 仕方ない、付き合ってやろう。

「またの注文、お待ちしております」


おわり


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