1 :◆U2JymQTKKg:2018/10/20(土)22:49:29 :qcp(主)

TB第3弾「劇場ミステリ」が明後日からなので、投票期間中に書いた応援ドラマをば。

つむつむは出ないけど、百合子とまつり姫は出ます。


2 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:51:14 :qcp(主)

「到着致しました、七尾様」

 空想の大海原で船を漕ぐ私の耳を落ち着いた声が撫でる。

「……七尾様」

 今度は少し強い声。目の前に広がっていた青い空が徐々に暗い車内へと変化していく。

「到着致しました」

 3度目の声で目の前から海が消える。ぼやけた視界のまま声のした方に顔を向けると開いたドアの向こうからこちらを覗く顔があった。

くしゃっとした髪の毛に端正な顔立ち、真っ黒のスーツの胸元からはパリッとしたノリの利いたシャツを覗かせている真壁さんと目が合ったところで私はようやく今の状況を理解した。

慌てて通学カバンを手に取り、スカートの皴を伸ばすことなく車から降りようとすると、スッと目の前に手が伸びてくる。


3 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:53:51 :qcp(主)

「お手を」

 ドギマギしつつ私は真壁さんの手を取って車外へと出た。ひんやりとした手に自分の手を握られたまま顔を上げ、私は眼前の目的の建物に感嘆の声をあげる。

 白い石造りの建物には正面に大きなステンドグラスが嵌められており、冬の日差しに照らされた七色の蝶が描かれている。屋根の上の煙突からは白い煙が上がり、屋根のてっぺんには風見鶏が風を受けてゆっくり回っている。
視線を正面に移すと、私の背丈の倍はありそうな両開きの重そうな扉。木で出来たその表面には蝶の意匠が凝らされ、羽には螺鈿が散りばめられている。
蝶は扉と扉の境目を背にして放射状に広がり、今にも飛び立してくるのではないかと思うほどの躍動感を持って佇んでいる。


4 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:54:36 :qcp(主)

 視線を扉の上に向けるとこの建物が何のためにあるのかを示す5つの漢字が目に入った。入ろうとするものをこの世ならざる世界へと誘う5つの漢字。

 真壁さんは私から手を外し石畳に冷たい足音を響かせて扉の前に進む。金のメッキが施された扉の取っ手を引っ張るとドアに描かれた蝶が中から漏れた光に追い立てられるように飛び立っていく。

「いらっしゃいませ、魅裏怨劇場へ。歓迎致します。探偵・七尾百合子様」


6 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:56:23 :qcp(主)

 真壁さんの後ろについてランプで照らされる劇場の廊下を歩く。その薄暗さのためか木製の床に響く足音がホラーゲームのワンシーンを思い出させた。

例えば、あの階段の先の角、曲がる直前で急に目の前に長い髪で顔を隠した白い衣服の女性がロウソクを持って……

「七尾様」

「ひゃいっ!」

「驚かせてしまいましたか。申し訳ございません」

 真壁さんは言葉では謝りつつも顔色一つ変えずに淡々と喋る。

「いえ、こちらこそ。あまり、その、こういう場所には来たことがなかったのでちょっと雰囲気に飲まれたというか」

「なんと、それは意外でした。様々な難事件を解決されていたようですので」

 真壁さんの言葉が胸にチクリと刺さる。

「量より質ですので」

 私が辛うじて返答すると、なるほどと真壁さんは考え込む仕草を取る。


7 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:57:09 :qcp(主)

「それで何かお話があったのではないんですか?」

「ええ、しかし、今の七尾様のお答えで充分でございます」

 真壁さんは私に向き直って表情を変えることなく言葉を出す。

「今から七尾様にお会いいただく方々は演劇界の著名人となります。それ故、今回の依頼は外に漏れないように御対応いただきたいのです」

 著名人という言葉に反射的に背筋が伸び、先ほどとは違うゾクゾク感が背中を走る。

「もちろんです。ところでそれと私が先ほどお答えした内容となんの関係が」

「解決した事件に量が少ないということは顔が広くないということ。心配のし過ぎだったようです」

 そういうと真壁さんはくるりと前に向き直り、スタスタと歩いていく。

 ……もしかして、気付かれているのだろうか。

 ふと隣を見ると壁に飾られた肖像画と目があった。口ひげをたっぷりと蓄え、顎を上げてこちらを見下すような視線。私は視線を逸らし真壁さんの後をついていった。


8 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:57:54 :qcp(主)

 階段の前の「関係者以外立ち入り禁止」の立て札の横を抜けて二階へと上がる。階段の先のドアを真壁さんが開けて、私に中へ入るよう促す。私は失礼しますと小声でつぶやき中へと入った。

「一体、あなたは何様のつもりですか!!」

 入った途端に罵声で出迎えられ、身をすくめる。しかし、その声がすぐに自分に向けられたものではないことに気づく。

 暗い空間の奥の一際明るい場所、そこに2人の女性と2人の子供がいた。

 先ほど声を上げたのは緑色の髪を肩口でくるりとまとめた背の高い女性。そしてその声が向けられたのは、相対して立つ、後ろ髪を編んでいる女の子だ。


9 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:58:33 :qcp(主)

「何様もなにも、私はこの屋敷を管理している人間よ?好きなようにして何が悪くて」

 後ろ髪を編んだ女の子が怯むことなく緑髪の女性に言い放つ。

「叔母さま方、おやめください。あの子が見ています」

 そういったのはさらりと長い髪を背中まで伸ばしたカチューシャをつけた女性。いや、女性というには少し若い。高校生ぐらいだろうか。

 それよりも今、女の子に対して叔母さまと言ったような……

「別に気にしなくていいよ、音羽姉さま。私もあの絵が嫌いだし」

 ウェーブのかかった髪にパッと目を惹く顔立ちの女の子が呆れたように話す。

「こら、梨子。そんなこと言うものではありません。あの絵はこの屋敷に代々伝わる……」

「知ってるよ。でも、音羽姉さまだって気味悪がっているでしょう?私、知ってるよ。ホールに来ても絶対姉さまはあの絵を見ようとしない」

 梨子と呼ばれた子は背後に大きく掲げられた絵を見上げる。


10 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:59:06 :qcp(主)

 絵に描かれているのは紅茶を飲んでいる女の子。二つに結んだ長い髪が特徴のその子はホッとした表情を見せている。座っているいすにはなぜかハサミが置いてあり、背後の棚にはたくさんの人形が飾られている。

「ほぉら、梨子も音羽もこう言っている。茉莉が言っていることが現実に合っていないのは明白です」

「私にはこの屋敷を守る義務があります。あの絵はこの屋敷とともに生きてきた。それは琴美も知っているでしょう」

 茉莉の反論に琴美は肩をすくめ、大袈裟に両手を挙げる。

「やだやだ、しきたりだけを守る年寄りにはなりたくないものだわ。まぁ、いいわ。明日を楽しみにしてちょうだい」

「……何をするつもり」

「何も。ただ、明日という日が来ることを楽しみにしては、という話よ」

 高笑いの後、琴美は舞台袖へと消えていく。

 俯いてスカートの裾を握る茉莉と、寄り添ってその様子を見る音羽と梨子。

 徐々に照明が落ちていき、3人のシルエットが闇に溶け込んでいった。


11 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)22:59:37 :qcp(主)

「琴葉ちゃん、ちょっといいのです?」

 照明がつくと、先ほどまで中央で俯いていた茉莉役の女性が声を上げる。反応したのは音羽役の子だ。

「いかがでしたか、当劇場が誇る女優たちの演技は」

 真壁さんが耳元でそっとささやく。

「なんというか……とても引き込まれました。私、劇場で演劇を見たことがなかったので。声ってこんなに響くんですね」

「……面白い感想ですね。やはり探偵と呼ばれる方はこれぐらい世俗から離れているほうが良いのでしょう」

 たぶん、褒められているわけではないのだろう。


12 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:00:14 :qcp(主)

「分かりました。それではもう少し怖がる素振りを増やしてみます。御指導ありがとうございます、まつりさん」

「琴葉ちゃんならもっとわんだほー!な演技が出来るはずですよ」

 茉莉役をやっていたまつりと呼ばれた女性がステージ上でくるりと回る。

「……道具がないと完璧な演技ができない誰かさんと違って、ね?」

 まつりさんはステージ端で台本に書き込みを入れているウェーブ髪の女の子をチラリと見た。

「ちょっと、うちの桃子ちゃんを挑発するのやめてもらっていいかしら」

 舞台袖から出てきたのは琴美役の女の子。梨子役の子は桃子というらしい。


13 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:00:53 :qcp(主)

「挑発も何も本当のことなのです?さっきも演技も集中力が切れてたように見えたのです。これでスタアだなんて片腹が痛い痛いなのです」

「演技にキレがなかったのはまつりちゃん、あなたも同じでしょう?何よ、さっきの話し方は。あんなんじゃ、この絵はおろかお屋敷だって守れないわ」

「ほ?このみちゃんはおめめだけじゃなくてお耳も節穴なのです?お屋敷を守るプレッシャーを表現したのですよ」

「2人ともやめてください」

 まつりさんとこのみちゃんの間に琴葉さんが割り込む。

「次のシーンに移りましょう。桃子さん、スイッチを押してもらっていいですか?」

「は?なんで桃子がそんな雑用をしないといけないわけ?この業界では桃子の方が先輩でしょ。琴葉さんがやりなよ」

 桃子ちゃんは琴葉さんをチラリとも見ずに言い放った。


14 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:01:30 :qcp(主)

 瑞希さんがステージに向かって降りていく。私もそれについていった。

「あのー……これは一体」

 私は真壁さんの背中に話しかける。

「先日、とある事件がありまして皆さん少しピリピリしていらっしゃるのです。それまではここまでギスギスした関係ではなかったのですが」

「……とある、事件?」

 ステージから木の軋む低い音が聞こえた。音のする方へ目を向けると紅茶の女の子の絵があったホールの背景が台座ごと回転していた。木の音がなくなると紅茶の女の子は去り、代わりに暖炉のある居間の光景が現れた。

「皆さま、よろしいでしょうか」

 ステージの目の前についたところで、真壁さんが話しかける。透き通るようなそれでいてハッキリとした声。


15 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:02:18 :qcp(主)

「あら、瑞希ちゃん、観ていたのね。一声かけてくれればいいのに」

「稽古中でしたので。いかがですか」

「姫と琴葉ちゃんは、大丈夫なのですよ」

「まつりちゃん!」

 ほ?とまつりさんがそっぽを向く。

「瑞希さん、その方は……」

 琴葉さんの問いに真壁さんは私に一歩前へ出るよう促す。

「探偵さんですよ。先日の事件を解いてくださる」

 場内の空気が一瞬にして張り詰め、ステージ上の八つの目が私を捉える。真壁さんはその様子に気を留めることなく私の方を振り向いた。

「それでは七尾様、よろしくお願いします」


16 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:03:43 :qcp(主)

 暖炉の火がパチパチと音を立てて燃えている。

「で、何から話せばいいのかしら?」

 このみちゃん、もとい、このみさん――大控え室に来る前に真壁さんから聞いたところなんと成人済みらしい――が緑茶を口にして話す。

「えーっと、そうですね。まずは何が起きたのかをお願いできますか」

「瑞希ちゃんから何も聞いていないの?」

「は、はい。その、ご本人たちから聞いた方が良いと言われまして」

 皆の視線に入り口に立つ真壁さんがコクリと頷いて答える。このみさんは仕方ないという表情をして、湯呑みを置き膝の上で手を組んだ。

「桃子ちゃんの大事な道具が壊されたのよ」

「大事な道具、ですか」


17 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:04:06 :qcp(主)

「大袈裟なのです」

 そう話すのは緑色の髪の毛が特徴的なまつりさん。紅茶を一口すすって口を開く。

「大事な道具と言っても所詮は私物なのです。それなのに、わざわざ探偵さんの手を借りるなんて。恥ずかしすぎて、姫、顔から火が出ちゃいそうなのです」

 大袈裟にほっぺを抑えるまつりさんをこのみさんがキッと睨みつける。

「それで、道具とは一体……」

 手帳に万年筆を走らせながら四人に投げかける。

「踏み台だよ」

 オレンジジュースにストローを刺す桃子ちゃん――こちらは見た目どおり未成年とのことだ――が答える。

「踏み台って、あの高い所にあるものを取るために使う、アレですか?」

「ね?大騒ぎすることじゃないのです」

 今度はこのみさんに加えて桃子ちゃんもまつりさんを睨みつける。


18 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:04:42 :qcp(主)

「その、桃子さんにとっては大事なものなんです。探偵さん、それだけは分かってください」

 琴葉さんが場をとりなすように補足する。

「では、事件があった時のことを教えてもらえますか?」

 桃子ちゃんがジュースをひと飲みして、コップを置いた。

「あの日も今日と同じように舞台の稽古だったの。ただ、桃子は急に用事が入っちゃったから少し遅れて来たんだけど」

「少しというと、どれくらいでしょうか」

「稽古が9時半開始だったけど、桃子が入った時は10時半を回ってたかな」

「その時に踏み台は?」

「もちろん持ってきてたよ。いつ必要になるか分かんないし。ただ、お芝居では使わないから控え室に置いて、劇場に入ったの」

「壊れているのに気づいたのはいつですか」

 桃子ちゃんがギュッと唇を結ぶ。代わりにこのみさんが口を開く。


19 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:05:21 :qcp(主)

「……11時頃かしら。私たちは稽古中だったんだけど、桃子ちゃんの叫び声が聞こえてきてね。中断して慌てて駆けつけたら、控え室の前でへたり込んでいる桃子ちゃんを見つけたの。中を覗くと踏み台が部屋の真ん中に真っ二つになっていて、近くにはカナヅチが」

 桃子ちゃんは俯いたまま、身体をブルリと震わせた。

「桃子さん、辛いことを聞いてすみませんでした」

 桃子ちゃんはゆっくりと首を横に振った。

「今の話を聞く限り、桃子さんの踏み台が壊されたのは10時半から11時の間ですね。ちなみに控え室に鍵は」

「掛けてなかった」

「今さら気を遣う間柄じゃないからね」

「それじゃあ、誰かが外部から玄関を通って桃子さんの控え室に入ったということですね」

「いえ、それはできません」

 後ろから真壁さんが口を挟んだ。


20 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:06:21 :qcp(主)

「あの日は私も皆さんの稽古を観ていたのです。その間に不審者に中へ入られては困るので、外から入るための全てのドアと窓には施錠をしていました」

「鍵がかかっていたのは事件の後にみんなで確認をしたのです。この劇場の合いかぎを持っているのは姫たち5人だけ。つまり、桃子ちゃんの踏み台を壊したのは劇場にいた人しかありえないのです」

 もちろん姫は違うのですよ、とまつりさんは付け加えた。

「……なるほど。それでは10時半から11時までの皆さんの行動を教えてください」

「もちろん稽古中だったのです。ただ、シーンの間に休憩はしたのですよ」

「確か、最初にこのみさん、そのあとに私、そしてまつりさんの順番です」

 琴葉さんが記憶を確かめるように話す。

「真壁さんはその間は何を」

「私は先程も申したとおり皆さんの稽古を観ておりました。中座はしておりません。そうですよね、周防さん」

 桃子ちゃんが頷く。


21 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:06:50 :qcp(主)

「桃子、劇場に来てからしばらくはみんなの演技を観てたの。私のいないシーンをやってたから邪魔しちゃ悪いなって。観客席のいつもの場所に瑞希さんがいたから隣で見てたんだ」

「それでは桃子さんの踏み台を壊すチャンスがあったのは……」

 3人の役者がそれぞれバラバラの方向に視線を泳がせる。

 暖炉の火がパチリと弾けた。

「それでは参りましょうか」

 静まり返りそうな空気を取り払うかのように真壁さんが切り出す。

「どこへですか」

「もちろん周防さんの控え室です。こういう時は現場を確認するとモノの本で読みましたが」

 私は慌てて真壁さんの言葉に賛同し、席を立った。


22 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:07:23 :qcp(主)

 六つの足音が狭く暗い通路に響く。

 天井には最低限の照明しかないが、足元にも照明があるため慎重に歩けば転ぶ心配はなさそう……

「……っと、大丈夫ですか、探偵さん?」

 よろけた私の肩を琴葉さんが支えてくれた。前言撤回。気をつけないとすぐ転ぶ。

「瑞希ちゃん、たまにはここも整理した方がいいと思うのです」

 先頭を行く真壁さんにまつりさんが文句を言う。
 まつりさんが言うとおり通路の狭さよりも端に転がっている小道具が危ない。琴葉さんに聞いたところ通路の片側が控え室となり、もう片側はステージの裏となっているそうだ。

「申し訳ございません、徳川さん。それでは、まずはこちらの巨大なウミウシのぬいぐるみから片付けようと思うのですが、いかがでしょうか」

 真壁さんにつられてステージ側を見ると私の太ももから頭の上のさらに上まである大きなウミウシが横たわっていた。

「気が変わったのです。今は舞台に集中するのです。整理整頓は公演が全て終わってからやるべきなのです」

「そうですか。残念です。さて、七尾様。こちらが周防さんの控え室となります」


23 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:07:52 :qcp(主)

 真壁さんが示した部屋の表札には「周防桃子」の文字がある。ここまで通路を歩いて行く中でほかの演者である3人の名前も見たので桃子ちゃんの部屋が一番奥ということになる。

 全員に見つめられる中、私は桃子ちゃんの控え室のドアノブを捻った。

 畳敷の控え室には中央にちゃぶ台と座布団が置いてあり、一方の壁がドレッサーとなっている。TVドラマでよく見るタイプのものだった。壁の汚れを見るに何年も使われてきた形跡はあるが、ホコリ臭い匂いはせず、丁寧に管理されていることがうかがわれた。

「踏み台が壊れていたのはちゃぶ台の手前ですね。ええ、この辺りです」

 そう言って琴葉さんが指差す。確かによく見れば畳の目が粗くなっているのがわかる。

「まったくもったいないことをするものなのです。これじゃあ畳を張り替えないといけないのです」

 まつりさんの小言を聞き流して畳に上がり奥の窓を確認する。開け閉めはできるものの外側に鉄格子が嵌めてある。この隙間では大人はもちろんのこと、たとえ子どもでも外から入るのは無理だろう。


24 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:08:23 :qcp(主)

 念のため壁を触り、ノックしてみる。

「探偵さん、何をやってるの?」

「隠し通路や隠し扉がないかと思いまして」

「……ねぇ、真面目にやってくれない?」

 呆れた声で桃子ちゃんからたしなめられる。

「それで隠し扉はあったのです?」

「いえ。怪しいところはありませんでした」

 再び重い空気が流れる。

 外部からの侵入は不可能。
 建物内部にいた人間で犯行が可能だったのは、このみさん、まつりさん、琴葉さんの3人。ただし、3人全員が犯行可能であり、誰がやったのかは分からない。


25 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:08:50 :qcp(主)

 ふと、顔を上げると室内全員が私の顔を見ていた。

 そうだ、私は探偵なのだ。事件当日の話も聞いてアリバイも確認した。こうやって現場にも足を運んでいる。小説なら新しい事件が起きない限り読者への挑戦が始まる頃だ。

 何か言わないと……

 焦る気持ちが口をパクパクとさせる。

 皆の顔にいろんな表情が生まれる。

 不安、苛立ち、焦り、期待。

 そして……疑問。本当にこの人で大丈夫なのかという疑いの目。

 脇の下にヒンヤリとした汗がツゥーっと流れる。


26 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:09:14 :qcp(主)

「失礼致します。徳川様、馬場様、お時間となりました」

 真壁さんの言葉に皆が壁の時計に目をやった。

「事件の真相が分かると思ったのに、残念なのです」

「残念?ホッとしたの間違いじゃないのかしら」

 まつりさんはこのみさんの言葉に素知らぬ顔をしている。

「七尾様はいかがなさいますか?一度御自宅に帰り、日を改めても良いかと思いますが」

「いえ、もう少しだけ調べさせてください」

 カラカラの喉で辛うじて言葉を絞り出す。

「かしこまりました。ただし、捜査の結果については別の日としましょう。皆さまの予定を調整し、改めてご連絡を差し上げますので」

 私は首を縦に降る。

 控え室を出て真壁さんの後をついて行くようにして、大控え室に荷物を取りに行く。中には誰もおらず、奥の暖炉がただパチパチ燃えているだけだった。

 さっき真壁さんにどうするか聞かれたとき、ホッとした自分がいた。憧れた探偵たちならそんなことはないはずだ。

「想像の中では上手くいったのにな」

 私はぼやけていく暖炉の火をただただ見つめていた。


27 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:09:35 :qcp(主)

 告白しよう。私、七尾百合子は探偵ではない。

 ただの探偵小説が好きな中学生だ。

 通学カバンには常に文庫本が一冊。もちろん毎日別の本。寝る前にはハードカバーを読み、気付けば朝という日も星の数ほどある。

 そんな私がなぜこの劇場に呼ばれ、探偵をしているのか。

 話は変わるが、映画やアニメを見ていて主人公がピンチになった時、自分だったらこうする、と考えたことは誰しもあるのではないだろうか。私はある。それも頻繁に。

 脳内での私は、あるときは帝都を震撼とさせる大事件に巻き込まれ、またあるときは人類を襲う脅威から守るヒーローとして活躍していた。そんな妄想癖のある私が一番多く自らの姿を重ねた相手が名探偵だ。

 そうやって妄想を膨らませていたある日、私は一つのアイデアを思いつく。


28 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:10:49 :qcp(主)

 探偵事務所を作るのだ。

 作るといっても、街中にあるエレベーターもないオンボロビルの3階のひと部屋を借りるのではない。敷金も賃貸料も要らないインターネットという土地の上に作るのだ。

 思いついてからは早かった。無料で作れるホームページ作成サイトを探し、使えそうな写真を加工して捜査風景にする。

依頼なんて受けたことはないけれど、妄想で作り上げた過去の事件を羅列して、せっかくだからと、本の中でも見たことないような現場に仕立て上げる。マグロ漁船に魔法使いに、もちろん普通の捜査っぽいヒアリングの光景も忘れずに。

 ひと通りホームページが形になるころにはカーテンから光が漏れていた。あと3時間もすれば学校が始まるという絶望的な事態。

でも、心の中は満足感であふれていた。憧れの名探偵たちに肩を並べることができたみたいだったから。

 それからは学校から帰るたびにホームページを更新し続けた。

 昼休みに思いついた事件や読んだ本から考えたトリック。資料紹介と称して好きな小説を紹介したりもした。ただそれを続ければ続けるほど、日常生活とのギャップが浮き彫りとなり、心の隅で虚しさが積み上がっていくのも確かだった。


29 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:11:15 :qcp(主)

 そんな日々を一週間ほど過ごした時にサイトに上げていたメールアドレスに1件のメールが届いた。それが真壁さんからの依頼だ。

 メールには私がホームページにでっち上げた今までの功績を褒め称える文とともに、是非解決していただきたい事件があると書かれていた。

 もちろん最初は怪しんだ。こんな明らかに怪しい探偵に依頼を送るなんてありえない。

 でも、私が敬愛してきた探偵たちはもっと怪しかった。そして、依頼を断ったりはしなかった。

 結局私は真壁さんに返事を書き、依頼を受けることにしたのだ。


30 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:12:00 :qcp(主)

 私は通学カバンを膝の上に置いて、暖炉の前のソファに腰掛けた。

 正直言って、依頼を受けた時は解決できる自信があった。事件の現場をひと目見てトリックを暴き、犯人をビシッと指差すつもりだった。

だって、私はたくさんの本を読んできた。だからたくさんの名探偵が後ろについている。きっと大丈夫だ、と。

 しかし、現実は話を整理するのが精一杯で、犯人なんて全く分からない。しまいには依頼人に日を改めましょうと気を遣わせてしまったのだ。

「なんで依頼なんか受けちゃったんだろう」

 独りごちて両手で顔を覆う。どうにもならない思いを吐き出すようにため息をつくと、膝の上のカバンがバランスを崩して床に落ち、中身が散らばった。


31 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:12:29 :qcp(主)

 私はもう一度ため息をついてのっそりと顔を上げ、転がっている荷物に手を伸ばす。

 新調した合成皮革の手帳、誕生日プレゼントに買ってもらった万年筆、使ったこともないルーペ。ひとつひとつをカバンに戻す。最後の一つ、父にねだって買ってもらった懐中時計をカバンに入れた時、手の先にさらりとした感触を覚えた。

 本だった。何度も読み直したお気に入りの推理小説。事件解決のお守りにと入れておいたのだ。

 パラパラとめくってみると、中程のページにしおりが挟まれていた。

 主人公の探偵が現場を検証するシーン。ただし、普通の現場検証じゃない。犯人の気持ちになって検証するのだ。探偵はボロボロの服を着て、腰を曲げ、メガネを付けている。

この小説で唯一挿絵が付いているページであり、見るたびに笑ってしまう。現に今もクスリとしてしまった。


32 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:12:49 :qcp(主)

 ……そっか。まだやっていないことがあった。

 やるべきことに気づいた。だが、身体の動きは鈍かった。

 ……だって、私は探偵じゃないし。

 暖炉の火が燃えている。膝の上で開いたページの名探偵と目があった。

 ……でも、私は、探偵に、ううん、名探偵になりたかった。

 薪がパチリと弾ける。

 もう少しだけ頑張ってみよう。

 私は立ち上がり、本をカバンにしまった。


33 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:13:40 :qcp(主)

 舞台袖を覗くと誰もいないはずのステージに明かりがついていた。恐る恐るステージの中央へと歩みを進めてみたが、やはり誰もいない。

 ステージの上は観客席から見るそれとは全く違っていた。綺麗に見えた床にはたくさんのテープが貼ってあり、背景の暖炉はよく見ると色が重ね塗られているのが分かる。

 身に余る照明を全身で浴びながら事件を整理する。今のところ、犯人の候補はまつりさんとこのみさん、そして琴葉さん。

 3人は桃子ちゃんが踏み台を控え室に置いてから再び控え室に戻るまでの間に、それぞれステージを離れている。


34 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:14:02 :qcp(主)

「えーっと、こんな感じだっけ」

 私はステージの中央で両手を広げ、声をあげた。

「いったい何様のつもりなのなの!」

 ……ちょっとセリフが違う気がする。

「それはこっちのセリフだよ。何やってるの、探偵さん」

 急に聞こえてきた声に私は周囲を見渡す。しかし、ステージには私以外誰もいない。

「どこを見てるの、こっちだよ、こっち」

 真っ暗な観客席から桃子ちゃんが現れた。

「急に現れて変な動きを始めたかと思えば独り言を始めるんだもん。ビックリしちゃった」

「もしかして、ずっとここに?」

「うん。気づかなかったの?って、そっか。この劇場、ステージから客席が見えづらいんだよね」

 桃子ちゃんがステージに上がってくる。


35 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:14:24 :qcp(主)

「桃子さんはここで何をやっていたんですか」

「イメトレだよ。イメージトレーニング」

 桃子ちゃんが観客席の奥を指差す。

「あそこからステージを見下ろしてね。自分が演じている姿を想像するの。声をあげて、身体全身を使って表現して、劇場に来た人全員を夢の世界に引き込む私の姿を」

 桃子ちゃんは振り向くと、今日一番の笑顔を見せてくれた。

「ところで探偵さんは何をやってたの?まさかお芝居の稽古じゃないよね」

 私は顔の前で大きく手を振り否定する。

「犯人があの3人のうち誰かだったらどうやって桃子さんの控え室に行ったのか、再現しようと思ったんです」

「ああ、だからまつりさんのセリフっぽいことを言ってたんだね。でも、あのシーンは桃子も出てたから選ぶセリフは違うんじゃないかな」

 確かにそうだ。返す言葉もない。


36 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:15:14 :qcp(主)

「確かあの時はシーン72が終わったところだよ」

「シーン72?」

「うん。桃子が控え室から出たとき、ちょうど舞台背景が回ってたから間違いないよ。桃子がいないシーンで舞台背景を回す必要があるのはシーン72から73に移る時ぐらいだもん」

 自信満々に桃子ちゃんが答える。

「でも、そんなことやって意味あるの?みんなが休憩した時間はバラバラだし、それぞれの控え室への行き方もそんなに変わらないでしょ?」

 またしてもぐうの音も出ない意見。思わずごめんなさいと口走る。

「えっ、あっ、そんなつもりじゃ。探偵さんは桃子のために頑張ってくれているんだし」

 私は桃子ちゃんの言葉にハッとする。


37 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:15:56 :qcp(主)

「……探偵さん?」

 そうだ、探偵がいるということは犯人がいて、そして被害者がいる。探偵は謎を解き明かすことで被害者を救うのだった。敬愛する探偵も言っていた。探偵の仕事は事件を解決するだけじゃない。

「ねぇ、桃子の話、ちゃんと聞いてる?」

「ひゃ、ひゃい!?あ、はい。聞いてますよ」

「ホント?まぁ、犯人を捕まえてくれるんだったらなんでもいいけど。また壊されたらたまったもんじゃないし」

 桃子ちゃんが腕を組んで呆れ顔でこちらを見た。

「また、ってどういうことですか」

「壊された踏み台は今修理に出してるの。来週には届くんじゃないかな。新しいのを買ってもいいんだけどやっぱりアレじゃないと調子が狂っちゃうもの」

 踏み台の修理なんて言葉は初めて聞いた。

「そういえば気になっていたんですけど、踏み台は何に使うんですか?」


38 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:16:27 :qcp(主)

「ああ、アレはね、大人の人と対等に渡り合うためのアイテムなの。こういう仕事をしていると桃子より大きい人とばかり会うでしょ?そのままだと舐められちゃいそうだから、目線を合わせるために持ち歩いているの」

 なるほど。子役には子役の悩みがあるらしい。

「みんながこのみさんぐらいの身長ならいいのにね。だったら、踏み台も要らないのに」

「確かにこのみさんは桃子さんと同じくらいも身長ですもんね」

 ステージに2人の笑い声が響く。

「このみさんには本当に感謝しているんだ。この世界で独りぼっちだった桃子に手を差し伸べてくれた。演技の色々を教えてくれたことももちろんだけど、背が低くても大女優になれるんだって言ってもらえているみたいで」

 桃子ちゃんが遠くを見つめている。


39 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:16:38 :qcp(主)

「それじゃあ、桃子ちゃんのためだけじゃなく、このみさんのためにも推理を頑張らないとですね」

「このみさんのため?」

「だって、桃子ちゃんが悲しんだらきっとこのみさんも悲しみます。探偵の仕事は事件を解決するだけじゃない。悲しい思いをする人を減らすことでもあるんですから!」

 胸を張って話す私を桃子ちゃんはしばらくキョトンとして見ていたが、すぐに顔を綻ばせた。

「それじゃあ、よろしくね、探偵さん」

 私は持っていたカバンを大きく叩いた。


40 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:17:28 :qcp(主)

「あの……どうしてまつりさんはあんなにこのみさんと桃子さんを敵対視しているんですか」

 送ってもらう車の中で、運転している真壁さんに疑問をぶつけた。

「……それは事件に関係あることでしょうか」

「一応、動機と言いますか。皆さんの関係性を知っておきたいので」

 車は夜の街を走る。走る道に電灯はほとんどなく、見覚えのない光景が続いている。


41 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:17:47 :qcp(主)

「まつりさんとこのみさんは当劇場が出来た頃からの看板女優でした。2人を見るために遠方から脚を運ばれる方もいました。特に二人劇「decided」は各方面から高い評価をいただきました」

「だったら。仲が良くてもいいのではないですか」

「そうはいきません。2人が2人でいたからこそ得た評価でしたが、ファンの中ではどちらがより優れていてより人気があるのかという論争が起き始めました。
 初めは徳川さんも馬場さんも気に留めていらっしゃらなかったのですが、時間が経つにつれ徐々に2人の関係にその論争が影を落とし始めまして」

 身体がやや前のめりになる。下り坂に差し掛かったようだ。

「その決着は付いたんですか」

「いえ、うやむやのまま年月だけが過ぎました。2人の大女優は“元”大女優となり、時々の摩擦はあれど大きな問題は起きませんでした。周防様と田中様が現れるまでは」


42 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:18:55 :qcp(主)

「琴葉さん、ですか?」

 桃子ちゃんは確かに生意気で、まつりさんの反感を買いそうなところはあったが、琴葉さんとなるとどういうことだろう。

「田中さんは徳川さんの、周防さんは馬場さんの肝入りなんです」

 ステージ上で琴葉さんを指導するまつりさんと、桃子ちゃんを守ろうとするこのみさんを思い出す。

「元々、馬場さんは後輩の育成に熱心でした。今までも中谷育、大神環といった女優を演劇界へ招き入れて育てた実績があります。
 中でも周防さんには大変目をかけていまして、中谷さんや大神さんに比べて長い期間面倒を見ています。
 彼女が子役スタアとして華々しい実績を上げているのは、馬場さんの功績が大きいと言われており、馬場さん自身もそれを誇りに思っています」

 車が大きく右に曲がる。


43 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:19:30 :qcp(主)

「一方の徳川さんは若手の手を取ることはなく、背中で引っ張っていくスタンスを取っていました。
 そんな徳川さんが連れてきたのが田中さんです。田中さんは元々学生演劇をやっていたのですが、たまたま徳川さんがコンテストの映像を見てスカウトしたそうです。
 以前から演技力に定評があったそうですが、徳川さんが指導を始めてからはメキメキと頭角をあらわしています」

「もしかして、桃子さんと琴葉さんは、このみさんとまつりさんの……」

 バックミラーに映る真壁さんの目が肯定を示す。

「今日見ていただいた劇ですが、主役であるヒロインは誰だと思いますか?」

「琴葉さんですか?」

「いえ、周防さんです。もちろん実力や適正で配役が振られたのですが、徳川さんは面白くなかったのでしょう。事あるごとに周防さんと馬場さんに突っかかるようになったのです」

 再び信号で車が停まった。


44 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:20:00 :qcp(主)

「それじゃあ、まつりさんには桃子さんの踏み台を壊す動機があるんですね。いや、その思いを琴葉さんも知っていたとすれば、琴葉さんも?」

 そういえばステージ上で桃子さんからキツく当たられていたっけ。私はぶつぶつ呟きつつ手帳をめくり、メモを増やしていく。

「七尾様」

「はい」

 私は顔を上げずに返事をする。

「到着致しました」


45 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:20:15 :qcp(主)

 パッと顔を上げるといつもの駅前だった。さっきまで知らない道を走っていたと思っていたのに。

 荷物の整理をしていると真壁さんがドアを開け、手を差し伸べてくれた。ヒンヤリとしてスベスベの手を取り車外へ出る。

「それではまたご連絡致します」

「はい!それまでには事件を解決してみせますので」

 私が勢いよく答えると、真壁さんが少したじろいだように見えた。

「……期待しております」

 真壁さんは目を細めて深々と頭を下げた。


46 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:21:29 :qcp(主)

「百合子さん、お待たせ……です。新メニューの“特製ビビットナイトプレート”、です」

 紅茶と一緒に可愛いうさぎのムースと剣のデコレーションが施されたチョコレートが目の前に置かれる。

「あ、この剣の模様ってもしかして……」

「えへへ、さすがです。百合子さんが、アバターに持たせてる、剣……だよ」

 お盆で顔を隠しながら答えるのは、ミリオンカフェの杏奈ちゃん。歳は一つ下だけどネットゲームでコンビを組んでいる親友だ。

「それじゃあ、いただきまーす」

 しっかりスマホで写真を撮ってから、ムースにフォークを入れる。するりと入ったフォークの後ろから赤いソースが現れた。ムースにソースを絡めて口へと運ぶと、口の中に甘酸っぱいイチゴが広がった。

「どう……かな?」

 この風味を口の外に出すのがもったいない。不安そうに見つめる杏奈ちゃんへ両手で丸を作って返事をする。


47 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:21:46 :qcp(主)

 あっという間にプレートを綺麗にすると、杏奈ちゃんがカップを持って目の前に座った。

「いいの?お店は」

「ん……今はお客さんも少ないから、大丈夫。静香ねえにも許可、とった」

 杏奈ちゃんが私のカップに紅茶を継ぎ足してくれた。

「それ……学校の宿題、じゃないよね?」

 私が机の上に広げていた手帳を指差した。

「うん、実はね」

 先日、ホームページに依頼があったこと、そして実際に現場へ行ったことを話した。

「すごい……本当の探偵、みたい」

「ううん、まだ謎が解けてないもの。事件が解決しないと探偵にはなれないよ」

 そう言いつつもきっと私の顔はにやけているだろう。


48 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:22:14 :qcp(主)

「それで、謎、解けそう……なの?」

「……全然」

 真壁さんに啖呵を切った時はなんとかなりそうな気がしたんだけど、あれから全く進んでいない。真壁さんから連絡が来ていないのが救いだ。

「他の人の意見も、聞いてみたら?得意そうな人、いないの」

「得意そうな人、ねぇ……」

 クラスメイトを頭に浮かべる。昴さんはこういう作業は得意じゃないだろうし、ロコちゃんは……うん、発想だけは良さそうな気がする。
 美希さんはやる気さえ出してくれれば、なんとかなりそう。朋花さんなら得意そうだけど、やっぱり本命は伊織さんかなぁ?

「あ、杏奈、いい人……思いついた」


49 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:36:38 :qcp(主)

「いい人?杏奈ちゃんの友達だと、まず未来と翼は違うでしょ。ひなたちゃんや可奈ちゃんややよいさんもピンと来ないし。もしかして、志保?」

「ううん、杏奈の友達、じゃなくて。百合子さんの知り合い。頭が良い人、いるよ」

「私の?……もしかして」

「そう、紗代子、さん」

 私は大きく手と首を振った。

「ダメだよ!紗代子さんにこのことを言ったら絶対に怒られるもん!」

「私がどうかした?」


50 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:37:31 :qcp(主)

 突然の声に振り向くと話題に出したばかりの人物がそこに立っていた。

「杏奈ちゃん、コーヒーをお願いしていい?あと、たい焼きね」

 紗代子さんは杏奈ちゃんと入れ替わるように私の正面に座った。

「それで何かあったの?」

「いや、その……」

 正直に言ってしまいたいが、ここで白状すれば、怪しいメールにホイホイ釣られて知らない人について行ったことを怒られる。それだけじゃなく、心配だから次から私も付いて行くと言いかねない。いや、間違いなく言う。

「その……百合子、さん、新しい推理ゲームにはまってて。それで、謎が解けないって」

 杏奈ちゃんがコーヒーと一緒に助け船を出してくれた。

「ああ、それで私に怒られるって言ってたの?もう、ゲームにはまったぐらいじゃ私は怒らないのに……」

 頬を膨らませながら紗代子さんはコーヒーをすすった。

「それでどんな謎なの?」


51 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:38:01 :qcp(主)

 私は手帳を見せながら事件の概要を説明する。紗代子さんの前にたい焼きが置かれた。

「なるほどね……」

「みんなにアリバイがあるならまだしも、3人とも犯人になれる状態なんです」

 紗代子さんがたい焼きの尻尾にかじりつく。

「ねぇ、本当に3人かな」

「どういうことですか?」

「踏み台を壊された人、えっと桃子ちゃんだっけ?桃子ちゃんの自作自演ってことはないの」

 私は目を丸くして紗代子さんを見つめた。


52 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:38:27 :qcp(主)

「だって、桃子ちゃんが控え室に入った時、みんな劇場にいたんでしょ?だったら、桃子ちゃんが到着したことは誰も知らないんじゃない?」

「いえ、そんなことはないです。だって、桃子ちゃんは控え室に踏み台を置いたあと、客席で真壁さんと一緒に……」

「うん。客席にいたんだよね」

 そうだ、明るいステージから暗い客席を見ても誰がいるかなんて分からない。それは私も経験した。でも……

「でも、桃子ちゃんはあの踏み台を大事にしていて」

「それは本当なの?だって、桃子ちゃんはスタアなんでしょ?演技のプロだよ」

 紗代子さんの反論に何も言い返せない。桃子ちゃんの言動全てが演技だったというのか。いや、でも……


53 :◆U2JymQTKKg :2018/10/20(土)23:38:41 :qcp(主)

 ニャンニャン!ウーニャンニャン!

 ごちゃごちゃした頭をかき回すように変な声が聞こえてきた。

「な、何、今の!?」

 紗代子さんも驚いている。2人してキョロキョロするが声がどこから聞こえてきたかは分からない。

 ニャンニャン!ウーニャンニャン!

 もう一度聞こえてきた。足元だ。机の下を覗き込むと茜色の毛をした可愛い猫がこちらを見ていた。


54 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:10:14 :qcp(主)

「あ、ごめんなさい……アカネチャンが、ビックリさせちゃって」

「アカネチャン?……ああ、この猫、アカネチャンって言うんだね」

 紗代子さんがアカネチャンに手を差し出すと、アカネチャンは頭を擦り付けた。

「最近、カフェに勝手に入ってくる、の。ほら、あそこ、歌織ねえがドアに専用の入り口、作った」

「もしかして、私が来た時からいたの?」

「ううん、ついさっき、だよ。杏奈、入って来るところ……見た、から」

 そっか、私はドアを背にしていたから分からなかったのか。あれ、でも……

「私は全然気づかなかったけどなぁ。どうしてだろう」

 そうなのだ。紗代子さんは入り口が見える位置に座っていた。アカネチャンが入って来たなら気付きそうだけど。


55 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:10:40 :qcp(主)

「それは、ね、紗代子さん、もう一度……座って、みて」

 杏奈ちゃんに促されて紗代子さんは席に座り直す。

「あ、そういうことか、確かに分からなくてもしょうがないね」

 紗代子さんは膝に飛び乗ってきたアカネチャンをなでなでしている。

「……百合子、さん。どうかしたの?ぼーっと、してる」

 杏奈ちゃんが私の前で手を振った。

「うん。どうかしたよ」

 私は席に着いたまま、ぼそりと呟いた。

「分かったの、誰が踏み台を壊したか」


56 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:17:25 :qcp(主)

「探偵さん、犯人が分かったというのは本当なのです?」

 劇場のステージ上、まつりさんが頬に人差し指を当てて確認する。

「はい。間違いありません」

「なら、教えてちょうだい。一体誰が桃子ちゃんの踏み台を真っ二つにしたのか」

 このみさんが腰に手を当て声を上げる。

「分かりました。ひとつずつ確認していきましょう」

 私は手帳を開く。


57 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:18:40 :qcp(主)

 私は手帳を開く。

「まず、今回の事件は桃子さんが急用で稽古に遅れたところから始まります」

「それ、関係あるの?」

「はい。むしろ、とても重要なファクターです」

 桃子ちゃんをまっすぐ見て返答する。

「桃子さんが遅れたことで皆さんは桃子さんがいないシーンの稽古を始めました。そして10時半に桃子さんが到着した」

 桃子ちゃんがコクリと頷く。

「踏み台を控え室に置くと桃子さんは客席へと移動します。そして真壁さんの隣に座り、他の方の稽古を見学していた。その間、このみさん、まつりさん、琴葉さんの順でステージを離れ、11時に桃子さんが控え室に戻った時には踏み台が壊れていた」


58 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:18:52 :qcp(主)

「そのとおりですけど、これで犯人が分かるんですか?」

 訝しげな目で見る琴葉さんに私は大きく頷いた。

「ここで気をつける点は、いつ踏み台が壊されたのか、です」

「それは、10時半から11時の間でしょ?」

「そのとおりです。しかし、この時間に桃子さんの控え室に踏み台があったことを知ることができた人は何人いるでしょう?」

「何人って、それはここにいる全員なのです?桃子ちゃんがいつも踏みを持ってきていることはみーんな知っているのです」


59 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:19:09 :qcp(主)

「いえ、違います!稽古をしていた私たちは知りませんでした。だって、桃子さんが劇場にいることを知ったのは、桃子さんの叫び声を聞いた時です!」

 琴葉さんの発言に皆があっと息を飲む。

「そうです。観客席は暗くステージは明るいため、稽古をしていた皆さんは観客席に桃子さんがいることはもちろん、桃子さんが到着していることすら分からなかったんです」

「それじゃあ、踏み台を壊したのって……」
 
 桃子ちゃんがみんなの視線に気づく。


60 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:35:38 :qcp(主)

「桃子ちゃんが劇場に来たことに瑞希ちゃんが気付いたのも桃子ちゃんが隣に座ったから。つまり瑞希ちゃんも踏み台を壊せなかったってことなのです」

「ちょ、ちょっと待ってよ!?なんで桃子が大事な踏み台を自分で壊さないといけないの」

「でも、壊しても修理が効くものなんですよね。確かそろそろ届くって……」

 桃子ちゃんが一歩また一歩と後ずさりする。

「違う、違うんだから!桃子じゃない!探偵さん、何か言ってよ」


61 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:36:01 :qcp(主)

「ええ、桃子さんの言うとおり、犯人は桃子さんではありません」

 再び私に皆の視線が集まる。

「今回の事件が桃子さんの自作自演だとすると、桃子さんがステージではなく客席に行ったことが分からなくなります」

「そっか、ステージに行けば少なくともみんなに自分の存在を知ってもらえるものね」

「はい。しかもわざわざ真壁さんの隣に座っています。これでは真壁さんのアリバイを自分で証明することになってしまう。自作自演を隠したいのであれば明らかに不自然な行動です。よって桃子さんの自作自演説は違うと考えられます」

 桃子ちゃんは明らかにホッとした顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。

「じゃあ、なんで桃子が来たことを誰も知ることができないなんてこと確認したの!?」

「それは、桃子さんが来たことを知らない限り犯行に及べない、つまり、桃子さんの到着を知ることができた人こそが犯人であることを皆さんに知ってもらうためです。そして、たった1人、桃子さんの到着を知ることが出来た人がいます」

 私は手帳をパタリと閉じた。


62 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:42:00 :qcp(主)

「犯人にとっても偶然が重なった結果でした。お見せしましょう。桃子さんが控え室に踏み台を置き、観客席へ向かう時に何が起きたのかを」

 私は手を高く掲げ指をパチンと鳴らした。

「これって……」

 木の軋む音が劇場内に響く。

「そう、桃子さんが控室を出た時、ステージではちょうど舞台背景が回転しているときでした。そうですよね、桃子さん」

 桃子ちゃんがおずおずと頷く。それを確認して、私はもう一度指を鳴らした。舞台背景の回転が止まる。

「見てください、これが犯人の見た光景です」

 私は舞台背景を指差す。そこでは描かれていた暖炉が舞台袖を向き、その前に人が1人悠々と通過できる空間が出来ている。


63 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:42:14 :qcp(主)

「あのー、探偵さん、これがどうかしたんですか?ただ控え室前の通路とステージが繋がっただけですよね」

 琴葉さんが笑っていない目で聞いてくる。

「琴葉ちゃんの言うとおりなのです。まさか犯人はここを移動したとでも言うのです?これで分かるとは到底思えないのです」

 まつりさんが後を追って言葉をつなぐ。

「誰か1人だけ桃子ちゃんが控え室を出たこと分かったって話だったのに……確かに控え室のドアが少し見えるけど、でも、ステージにいたみんなが分かっちゃうわよ」

 このみさんが腰に手を当てて口を挟む。


64 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:42:43 :qcp(主)

「……やはり気付いていなかったんですね」

「気付いていないって……探偵さん、桃子もさっきみんなが言ったとおりだと思うけど」

「桃子さんはそうだと思います。でも、今の話を聞いておかしな点がありましたよね。まつりさん、琴葉さん」

 驚きの表情が貼りついている2人に話を向けると、琴葉さんの口がゆっくり動いた。

「はい……だって、ここから控え室のドアは見えないです」

「どうして!?ほら、よく見てよ!ここから通路の足元照明とドアの下の部分……が……」

 舞台背景の向こう側を見返していた桃子ちゃんの手がダラリと落ちた。

「そうなんです。確かに舞台背景の裏側に桃子さんの控え室はあります。だから、舞台背景がずれて空間ができ、桃子さんの控え室のドアが少しだけ見えるんです」

 私は回転した舞台背景が作った隙間の前に移動して、ポケットからスマホを取り出した。

「でも、それは桃子さんだから。まつりさんや琴葉さんには今の状態では控え室が全く見えません。なぜなら……」


65 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:43:04 :qcp(主)

 私はスマホのライトを点け、隙間の奥を照らし出した。

「まつりさんが置いた大きなウミウシのぬいぐるみが視界を塞いでいるからです」

 青いまだら柄の大きなぬいぐるみに白いライトが当たる。 
 私はライトを少しだけ下げた。

「桃子さんが控え室のドアを見ることが出来たのは、そのぬいぐるみの下に隙間が空いていたから。そう、他の人より背の低い桃子ちゃんだからこそ見えたんです」

 そう、カフェの厨房にいた杏奈ちゃんからなら見えたアカネチャンの入ってくる姿が、客席に座っていた紗代子さんからは机が邪魔で見えなかったように。

 スマホのライトを消し、ポケットに戻す。

「ここから控え室のドアを確認できた桃子さんだけではありません。先ほど自分から話してくださいましたから」

 私はくるりと振り向き、彼女に向けて人差し指をまっすぐ伸ばした。


66 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:43:13 :qcp(主)

「ステージに立ちつつ、それでいて桃子ちゃんが来ていたことを確認できた唯一の人物、それは馬場このみさん、あなたです」


67 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:43:58 :qcp(主)

 指先の向こうのこのみさんは驚いた表情も見せず、ただこちらを黙って見つめていた。もちろんその目は笑っていない。私は指を下げず、このみさんの口が動くのを待った。

 しばらくしてこのみさんは、フッと笑って目を伏せた。

「……悪いことはするものじゃないわね」

「このみちゃん?」

「ええ、桃子ちゃんの踏み台を壊したのは私よ」

「そんな……どうして」

 桃子ちゃんが顔を白くしながらふらふらとこのみさんの元へ近づく。

「どうして!?こんなに桃子のこと可愛がってくれているでしょ!どうして、私の大事な踏み台を……どうして……」

 肩を揺する桃子ちゃんの手をこのみさんが強く握り締めた。

「逆に聞きたいのはこっちよ。どうして分からないの?背が低い人の気持ちが!」

 このみさんが桃子ちゃんの手を引き剥がすように払った。


68 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:44:23 :qcp(主)

「みんな私を置いて大きくなっていた。育ちゃんも環ちゃんも……きっと桃子ちゃんもそう。でも、今、踏み台を使ってまで大きく見せる必要はあるの!?」

 このみさんの独白が劇場に響く。

「ずっと我慢してた。桃子ちゃんが踏み台を持ってきた時から。初めは良かった。むしろ微笑ましいぐらいだった。でも、少しずつ、桃子ちゃんの身長が大きくなって、目の下にあったはずの頭が目と同じ高さになって」

 桃子ちゃんが胸の前でギュッと拳を握った。

「でも、あの日、桃子ちゃんが私の前で、私に向かって踏み台を使ったあの日!冗談だって分かってた。でも、もう限界だった。だから、決めたの。踏み台を壊してやろうって」

 このみさんは首をゆらりと動かして、桃子ちゃんを見た。

「明日、修理されて戻ってくるのよね、踏み台。でも、ごめんね。きっと私、また壊すと思う」

 その目から一筋の涙が落ち、乾いたステージに飲み込まれる。

 桃子ちゃんが一歩、また一歩とあとずさり、その場でへたり込んだ。呆然とこのみさんを見上げるその目には次々と涙があふれてくる。


69 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:45:13 :qcp(主)

「このみちゃん、言いたいことはそれで全部なのです?」

 低く響くこのみさんの嗚咽を踏み締めるような足取りでまつりさんがこのみさんに近づく。このみさんは呆然とした顔でまつりさんを見上げる。

「これで全部かと聞いているのです」

 涙を拭くことなく、このみさんはゆっくりと頷く。それを見たまつりさんは小さく息を吐いた。

「まったく……ダイコンさんはおでんのお鍋に入っているのです。ここはステージなのですよ?」


70 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:45:40 :qcp(主)

「お、おでん……?」

 2人に割って入ろうとした琴葉さんが聞き返す。

「ほ?琴葉ちゃんはおでんを知らないのです?とってもわんだほー!なお鍋なのですよ。特にお味噌をつけると」

「いえ、おでんは知っています。聞きたいのはどうして今その話をしたかであって」

「……どうやら、琴葉ちゃんにはまだまだ教えなければいけないことがあるみたいだね」

 まつりさんはこのみさんに向き直る。

「このみちゃん、演技はそれくらいにしてホントのことを言って」


71 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:45:53 :qcp(主)

「えん……ぎ……」

 桃子ちゃんがこのみさんを仰ぎ見る。このみさんは口を強く結んで首を激しく振った。

「……っ!演技なんかじゃないわ。私の本心よ!なんでそんな言いがかり……証拠はあるの!?」

「ほ?そんなものは必要ないのです」

 まつりさんは人差し指を頬に当てるいつもの仕草を取り、

「大女優の姫が下手な演技を見抜けないわけがないのです。ね?」

 と、にっこり微笑んだ。


72 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:46:13 :qcp(主)

「このみさん、私もまつりさんと同じ考えです。今の話は作り話だと思います」

 私は桃子ちゃんの冷たい腕をとって立ち上がらせた。

「このみさんが身長にコンプレックスを持っていても不思議ではありません。でも、それを桃子さんの踏み台を壊した理由とするには無理があります。
だって、すでにこのみさんは中谷さんと大神さんを一流の女優に育てあげているのですから。大きくなるのを恐れているのに桃子さんを育てるというのは矛盾があります」

 チラリと桃子ちゃんを見た。

「それに、桃子さんはこのみさんが大事なことを沢山のことを教えてくれたと言っていました。とても嬉しそうに。怨みを持ちながら教えられたとは到底思えません」

 桃子ちゃんがすがるような目付きでこのみさんを無言で問い詰める。このみさんは目をそらしたまま、何も答えない。


73 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:46:44 :qcp(主)

「七尾様、私からもよろしいでしょうか」

 ステージ脇で舞台背景の操作を手伝ってくれていた真壁さんが姿を現した。私は小さく頷く。

「ありがとうございます。馬場様、今から話しますのはあくまで私の想像でございます。御承知おきください」

 このみさんは答えない。真壁さんはそれではと断って話し始めた。

「馬場様、あなた様はもしかして周防様を独り立ちさせようとなさったのではないですか」

「桃子さんを……?」

 琴葉さんの問いかけに真壁さんはこくりと頷く。


74 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:47:46 :qcp(主)

「馬場様は今まで中谷様と大神様を育て上げられました。お二方とも世間を賑わす女優となっております。ただ、世間に知られるまでは馬場様と常にいらっしゃる状態でした。今の周防様と同じでございます」

 真壁さんは目を閉じて、懐かしむようにして言葉を紡いだ。

「馬場様の熱心な指導を受け、演劇の才能を開花させたお二方は徐々に単独の仕事が増えるようになってきます。舞台のお仕事だけではなくドラマや映画のお仕事、TV番組への出演もございました。
そのような状態が続くと自然とお二方は馬場様とこの劇場から離れていきました。まるで小鳥が親鳥の元から巣立つように。それは徳川様も御存じのことと思います」

 まつりさんが懐かしそうに頷く。真壁さんは桃子ちゃんの方へ顔を向けた。

「周防様。既にあなた様は多くの仕事をお持ちです。ドラマへの出演も多く、映画にも出ていらっしゃいます。ただ、頻繁に当劇場での舞台に立ち、馬場様の元へ足をお運びになられます。きっと馬場様はそれを気になさっているのではないでしょうか」

 真壁さんの言葉に桃子ちゃんはこのみさんの方へゆっくりと振り返った。


75 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:48:03 :qcp(主)

「周防様は大人と対等に向き合うために踏み台を使っているということでした。独り立ちをなかなかしない周防様を気にした馬場様の目には踏み台こそが周防様が独り立ちできない原因に思われたのかもしれません」

 人は二本の足を地面につけて立つ。踏み台は地面と足との間を遮るもの。踏み台を使う限り、自らの足で立っているとは言えない。

「このみさん……そうなの?」

 桃子ちゃんがか細い声でこのみさんに投げかける。

「そうなら……ちゃんと言ってよ、桃子、このみさんの言うことならちゃんと聞くのに」

「……だからよ」

 このみさんがようやく口を開く。


76 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:48:37 :qcp(主)

「他の大人には踏み台がないと向き合えないのに、こうやって私には素直で従順で……そんなの心配になるに決まっているでしょ」

「もしかして、踏み台を壊したこと」

「ええ、いずれは私の口から話すつもりだったわ。私と、訣別させるためにね」

 このみさんは枯れ切った涙を手で拭った。

「探偵さん、ホント、余計なことをしてくれたわね。これじゃあ、桃子ちゃんが独り立ちできないじゃない」

「そんなことありません!」

 突然の大声に皆が声の主、琴葉さんの方を振り向いた。

「余計なことなんかじゃありません。このみさんの気持ちが分からないまま無理やり独り立ちさせられたら、きっと桃子さんはこの世界から足を洗うことになっていたと思います」

 琴葉さんが自らの手を胸の前に持ってきてギュッと握る。

「だって、私ならそうだから……」


77 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:48:47 :qcp(主)

 琴葉さんの視線に気付いたまつりさんがそっと目を伏せる。気付けば桃子ちゃんがこのみさんの側へ来ていた。それに気づいたこのみさんはまた目をそらしたが、桃子ちゃんは気にすることなくこのみさんの右手を両手でギュッと握った。


78 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:48:56 :qcp(主)

「七尾様、ありがとうございました」

 隣に来た真壁さんがそっと耳打ちする。

「いえ、そんな……私はただ、悲しい思いをする人を減らしたかっただけですから」

 私は胸を張って、そう答えた。

「……やはり、あなたに頼んで正解でした」

 真壁さんがにこりと微笑んだ。

 私は初めて真壁さんが笑うところ見た。


79 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:49:57 :qcp(主)

「おー、それじゃあ、百合子さん。事件を解決、したんだね」

 いつものミリオンカフェのいつもの席で杏奈ちゃんが紅茶を出してくれた。

「もちろん!だって、探偵の仕事は事件を解決することだからね」

「それじゃあ、杏奈も、何か依頼してみよう、かな……」

「ご依頼は七尾百合子探偵事務所ホームページのメールアドレスまでお願いします。今なら特別価格でサービスいたします」

 私はケーキセットのフォークをタクトのようにクルリと回す。

「事件解決のヒントを、あげたのに?」

「うっ、そう言われると……まぁ、もともとお代は取るつもりなかったけどね」

 ホワイトムースにさくりとフォークを刺し、口へと運ぶ。


80 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:50:19 :qcp(主)

「それで、どうなったの。桃子ちゃんとこのみさんは」

「元の関係に戻れたんじゃないかな。帰るときに2人からありがとうって言ってもらえたし」

「戻れたんじゃないかなって、事件の後、劇場には行ってないの?だって、舞台の前、だったんでしょ。チケットぐらい貰ったんじゃ」

 ティーカップを持った杏奈ちゃんが当然の疑問を投げかける。

 そう、実はあれ以来、私は劇場に足を運んでいない。正確に言えば、足を運ぶことができなかった、のだ。

 これまで劇場へは真壁さんの運転する車で移動していた。移動時間自体は30分もなかったから、場所も近くだとは思う。ただ、どうやっても道を思い出せないのだ。

「まぁ、そのうちメールで連絡が来ると思うから、たゆたうコーヒーの湯気を吸いながら気長に待つとするよ」

「……百合子さん、コーヒー、飲めたっけ?」

「細かいことはいいの!」

 ちょっとだけぬるくなった紅茶に口を付けて、ムースを口に頬張った。


81 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:51:09 :qcp(主)

 入口のベルが鳴った。反射的に杏奈ちゃんが立ち上がり、いらっしゃいませと声を出す。ようやく私の待ち人が来たようだ。

「待たせちゃって、ごめん。杏奈ちゃん、いつものお願いしていいかな」

 たい焼きですね、と言って杏奈ちゃんが厨房へと姿を消し、代わりに紗代子さんが私の正面に座った。

「それでどうしたんですか。紗代子さんが私にお願いって珍しいですよね」

「うん、自分だけで考えてたら詰まっちゃって。ほら、百合子って作戦を練ったりするの、好きでしょ?」

「作戦……ですか?」

 そうなの、と言って紗代子さんはバッグからぼろぼろのノートを取り出した。ノートの色々なページから付箋が飛び出しているのが見える。

「私の所属している超ビーチバレー部なんだけど、今度キングロコと戦うことになったの」

「誰ですか、そのふざけた名前の人は」

「う~ん、まぁ、超ビーチバレー界のトップと思ってもらって構わないよ。それで、キングロコと私が戦うことになったんだけど」

「もしかして、その作戦を考えてくれってことですか?」

 紗代子さんは力強くまっすぐ私の目を見て頷いた。

「いや、無理ですよ!私、スポーツ苦手ですし、超ビーチバレーって言われても」


82 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:51:44 :qcp(主)

「大丈夫、だよ。百合子さんなら。だって、探偵なんだもの。ね?」

 紗代子さんの前にコーヒーを置く杏奈ちゃんがにこりと笑う。

「探偵……?ああ、この前、言っていたゲームのこと」

「ううん。百合子、さん、自分のホームページ持ってるの。ほら、これ。七尾百合子探偵事務所」

「……百合子、まさか危ないことやっていないよね」

 眼鏡の奥がきらりと光る。私は大慌てで首と手を振る。

「大丈夫……こんなホームページ、まともに依頼する人なんて、いない」

 反論の言葉を紅茶で流し込む。我慢だ、百合子。杏奈ちゃんは味方だ。

「それもそうね。マグロ漁船だなんて普通の人は持ってないもの。でも、結構面白そうなページだね。時々見にこようかな」

「あ……ここの、アドレスにメールを送ると、百合子さんに、依頼、できるよ」

「ふふ、それじゃあ、ここにメールを送ってしまえば百合子も断れないよね?」

 味方から背中をバッサリと斬られた。超ビーチバレーか……まずルールを覚えないとなぁ。というか、超ってなんだろう。


83 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:52:00 :qcp(主)

「あれ?」

「どう、したの。紗代子……さん」

「いや、メールが送れなくて。百合子、このアドレスで合ってるよね?」

「え、ちょっと見せてください。……あ、スペルが間違ってる。"ohage"じゃなくて"ohagi"です」

「もう、しっかりしてよ~」

 紗代子さんはたい焼きをかじるとスマホに向き直り、操作を再開した
 あとで修正しないと、と思いながら、ムースの最後のひとかけに手を伸ばそうとした時、杏奈ちゃんが私の腕を突っついて声を潜めた。


84 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:52:25 :qcp(主)

「あのホームページの、アドレスって……最後に書き換えたの、いつ?」

「えーっと、一回も書き換えてないけど。どうして」

 杏奈ちゃんの顔が徐々に青くなる。具合が悪いのかなと思い、声をかけようとした時、私のスマホがぶるりと震えた。真壁さんからだ。

「杏奈ちゃん、真壁さんからメールが来たよ!きっと舞台へのお誘いじゃないかな」

 私の問いに杏奈ちゃんは口をパクパクさせたまま、激しく首を横に振った。

「よしっ、と。百合子、今、メール送ったよ。初めての依頼、よろしくお願いね、探偵さん」

 ……初めての依頼?そっか、紗代子さんはこれが初めての依頼だと思ってるんだ。無理もないメールアドレスは今まで間違えていたんだから、依頼が来たなんて思わないだろう。

 ……ん?


85 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:52:39 :qcp(主)

 私はここでようやく杏奈ちゃんの様子がおかしかった理由に気付いた。

 真壁さんからはいつもメールで連絡が来ていた。

 あのメールアドレスはホームページにしか載せていない。

 そして、ホームページに書いたメールアドレスは間違っていた。

 以上から導き出されるのは……

「百合子、メール届いた?」

 思い返せば、道を思い出せないこと以外にも不思議なことはたくさんあった。


86 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)00:52:54 :qcp(主)

 元・大女優と呼ばれているのに、名前を聞いたこともなかったこのみさんとまつりさん。

 TVでも活躍しているというのに見たこともなかった桃子ちゃんと、このみさんの教え子の中谷さんと大神さん。

 そして、支配人と演者以外誰もいない、本来ならいるべき監督も演出家も脚本家もいない舞台。
 
 私はスマホに目をやる。

 さっき来たメールの差出人は真壁瑞希となっている。

 私は自分の手を見て、真壁さんのすべすべでひんやりとした手の感触を思い出す。

「百合子?」

 紗代子さんの言葉が耳を通り抜ける。


87 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)01:10:13 :qcp(主)

 夢ではないはずだ。
 
 確かに私は桃子ちゃんの控え室で冷や汗をかき、大控え室で敬愛すべき名探偵に助けられ、ステージの上で推理を披露した。あの失望と感激と興奮は今もありありと思い出せる。

 じゃあ、今目の前にある謎は一体?

 それを確かめるにはこのメールを開くしかない。

 私はふと窓の外に目をやった。

 冬の陽射しを浴びた花壇の花に、季節外れの1羽の蝶が七色の羽根を優雅に使ってひらひらと舞っていた。


88 :◆U2JymQTKKg :2018/10/21(日)01:13:49 :qcp(主)

以上となります。ミスをしてしまい申し訳ないです。

猫茜ちゃんとキングロコを入れたのは趣味です。

ちなみに回転装置の件については漫画「Q.E.D」から着想を得ています。

それではSS完結報告スレにあげてきます。


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【おーぷん2ch】探偵百合子・最初の事件~魅裏怨劇場の怪~
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